食品衛生管理とは
1996年7月、大阪府堺市で学校給食を原因とする腸管出血性大腸菌0157による食中毒が発生した。患者数は小学生を中心に9,492名にのぼった。
それまでの食中毒統計を見ると、1952年から1997年までの年次別発生状況は、死者数が減少傾向にあった。腸管出血性大腸菌による食中毒は集団発生のほか散発患者も多く、1996年の食中毒患者数は46,327人に増加した。
そして1997年以降、患者が一人の事例も食中毒統計に集計されるようになった。
食中毒の主な原因は細菌で、サルモネラ、黄色ブドウ球菌、腸炎ビブリオ、病原大腸菌、ウエルシュ菌、セレウス菌、カンピロバクターなどである。
2000年6月には加工乳や乳飲料の黄色ブドウ球菌毒素による大規模な食中毒が発生した。
この事件によって食品に対する安全面だけでなく毛髪の異物混入など衛生面にも消費者の関心が高まった。
ほかに毎年、小型球形ウィルス、フグ毒、貝毒、毒キノコ、サバ毒(ヒスタミン)あるいは殺菌剤が混入した飲料などが原因となる様々な食事性疾病が発生している。
食品製造業者は自社で問題が発生したり、他で大規模な事件が起きるたびに衛生管理方法を見直し、HACCPシステムの導入などに取り組んで衛生管理の向上を計るが今後も大規模食中毒が発生する恐れはなくならない。
食品衛生法
食品衛生法(昭和22年法律第233号)は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的として制定された。
法第3条では、販売される食品又は添加物の製造、加工、使用、調理、貯蔵、運搬等は、清潔で衛生的に行われなければならないと規定している。
また第4条では、腐敗、変敗したものや未熟なもの、有毒であったり、有害な物質を含有する疑いがあるもの、病原微生物により汚染していたりその疑いがあって、人の健康を害うおそれがあるもの、さらに不潔、異物の混入等によって人の健康を害うおそれがあるもの等の販売が禁止されている。
患者数が500人以上の大きな食中毒の原因施設は主に学校、仕出し屋、飲食店、製造所である。
食品衛生法はこれらの業を含む34業種を政令指定して、都道府県による営業許可が必要なこと、都道府県が施設の管理運営基準を定めて指導することなどを規定している。
総合衛生管理製造過程
厚生労働省の定める「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」や「食品、添加物等の規格基準」では特定の食品の製造に関して製造基準や成分規格を定めている。
規則で製造基準が定められると、他の製造条件でその食品を製造することはできない。
製造技術は進歩するものであるし、外国では異なる方法で製造されていることもある。
決められた製造方法しか使えない規則は非関税障壁になる可能性があるため、1995年に食品衛生法の一部が改正され、法7条3項に総合衛生管理製造過程が規定された。
これは希望者が施設及び食品群ごとに申請し、個別に審査・承認される任意の制度で、市場開放施策のひとつである。
総合衛生管理製造過程には食品の安全性を確保するためのHACCPシステムが組み込まれているため通称「ハサップ」と呼ばれるが、この総合衛生管理では安全性だけでなく、施設設備の保守管理と衛生管理、防虫防そ対策、製品回収時のプログラム等の一般的衛生管理を含めた、まさに総合的な衛生管理を文書化し、そのとおり実行することを要求している。
衛生規範/ガイドライン
また厚生労働省では営業者が衛生的な製品を提供することを目的として、施設設備の構造、管理、食品の衛生的な取扱いに関するガイドラインを示している。
ほかに「大量調理施設衛生管理マニュアル」(1997年3月24日、衛食第85号)といったガイドラインがある。
大規模調理施設とは同一メニューを300食以上又は1日750食以上提供する施設を言うが、このガイドラインは中小規模調理施設や学校給食施設、社会福祉施設などにも適用できるものとして利用されている。
他の省庁、地方自治体、業界団体等による各種の衛生管理マニュアルも多数作られている。
家庭での衛生管理
はじめに大規模食中毒の原因施設は主に学校、飲食店、食品工場などであると述べたが、届け出のあった食中毒全体の20%は家庭が原因と見られている。
症状が軽く・発症する人数が少ないことから、家庭での食中毒の発生数は正確に把握できていない。
細菌性の食中毒の主な症状は、吐き気、嘔吐、下痢、発熱などで、なかにはウェルシュ菌のように軽いインフルエンザ様の症状を呈するものもある。
そのため患者も医療機関も食中毒とは気づかないこともあり、治療が遅れて重症になったり、死亡する例もある。
日常生活のなかで食品を調理し、皿に盛り付けて家族団欒で食事することに何ら資格や許可を必要とするものではないが、食品工場、飲食店、旅館などと同様に家庭内での衛生管理は重要である。
食中毒予防の3原則は、病原菌を「付けない」、「増やさない」、「排除する」である。
これは営業者の施設に限ったものではなく家庭であっても共通である厚生省は病原大腸菌による散発事例を予防するため1997年3月に「家庭でできる食中毒予防の6つのポイント」というマニュアルを作成した。
このマニュアルでは食事作りの過程を追いながら、それぞれの過程ごとに有効な衛生管理の方法を示している。
これはHACCPで言う危害分析の手法を応用しており、食品の温度と時間の管理、交差汚染の防止などを具体的にわかりやすく解説している。
食中毒予防の3原則は、食料の生産、収穫から市場、加工・流通を経て食卓に至るすべての過程の衛生管理に当てはまる。
食中毒統計は患者数や事例数・原因食品に関するデータを教えてくれるが、食中毒予防の重要性を考えるには別の視点も必要である。
流通システムが広域化し、さらに調理済食品や外食の多用によって食中毒の規模は大きくなる傾向にある。
加えて高齢者、乳幼児、アレルギー患者など免疫力が弱い人の占める割合も増加している。
大事故は患者本人だけでなく、当事者である企業やその社員・関係業界全体に多大な損害を与える。事故を起こしたり、その後の対応が不適切だと倒産を招くこともある。
また病原菌による食中毒だけでなく、食事性疾患をもたらす可能性のある危害要因は数多く考えられる。
アレルゲンを含む食品も特定の消費者にとっては重要な危害要因となるし、新たな危害要因が登場することもありうる。
食品が安全であることは生命にとって欠くべからざる要件である。食料の生産、加工、流通に携わる者もすべて消費者であることを忘れてはならない。